ぶらぶらBG3 05
川辺には「切り裂かれた死体」がいくつも転がっています。墜落に巻き込まれたなら、焼死や轢死、圧死であるはずですね。周囲に転がっているインテレクト・ディヴァウラーの死体が物語っている通り、おそらく彼らはノーチロイドから這い出してきたインテレクト・ディヴァウラーたちに襲われて死んだのでしょう。

死体に混ざってシャドーハートが倒れていますので揺り起こします。この部分の会話は訳も自然です。強いて言うなら、作中で一貫して使用される「治癒師」という日本語があまり直感的ではない程度でしょうか。英語では”healer”が使われており、支障はないですが、単に見慣れないのでヒーラーに置き換えて読んだ方が楽かもしれません。
シャドーハートは自分たちが生きていることに驚いています。彼女にもここがどこだかはわからないようで、幼生を解決できるヒーラーを見つけるため行動を共にしようという流れになります。レイゼルがいないことについて「私達のギスの友人はどうした」と言及すると「彼女を“友人”と呼ぶのは考え直したほうがいい。私たちを置いてどこかへ行ったようだし」と毒舌を聞かせてくれます。最後に、彼女を無視せず助けたことに礼を言われます。
周囲は死体だらけですが、切り裂かれた死体の他、「漁師の死体」や「さらわれた平民」という死体もあります。インテレクト・ディヴァウラーの死体も多くあり、漁師は彼らと戦ったようです。さらわれた市民というのは、我々と同じ被害者でしょう。
ここで最初の書籍が登場します。この書籍は「あばずれ女王の舟唄」です。
アンバーリー
あばずれ女王とは、海の女神アンバーリーの呼称です。こんな名前ですが蔑称というわけではありません。英語では”Bich Queen”と表記され彼女の信者たちも使うことのある呼び名です。これは気象や潮の流れなど、予測できないことが多くある海という場の性質を喩えた呼び名かと思われますが、ともかくレルムでは広く用いられます。
海の女神というと母性のようなものを強く描く場合が多くありますが、アンバーリーは気性が荒く狭量で貪欲、虚栄心が強いと言われています。邪悪な海の女神とはっきり書かれる例も存在します。明確に悪意を持ち、海の災害を自在に操り気まぐれに人を溺れさせるそうです。そうして自らの力を誇示することに喜びを感じているそうです。
自分に有益でないとなると、契約や約束を平気で破りますし、常に貢物を求めているそうです。サディストでもあり、船を破壊し難破船の生存者をサメに食わせたり、溺れる者を眺めて楽しむこともあるそうです。
そんなアンバーリーも人々に祝福を与えることがあります。ですがそれは、彼女に明確な利益がある場合に限られます。そんな恐ろしい女神ですが、船乗りたちからは広い信仰を集めています。それは基本的に畏怖によるものですが、なぜかそこまで恐ろしさを感じる描写はありません。むしろビッチクイーンの呼び名が表すように、船乗りたちはもはや彼女に親しみすら感じているようにも見えます。
アンバーリーの神殿に金銭や供物を収めにくる船乗りたちは、アンバーリーの性質をもはや受け入れており、それに関して暗い感情をみせるような描写は少なくとも本作ではほとんどありません。これは海を生活の基盤とするものにとって、アンバーリーがいかなるものであっても受け入れざるを得ず、海の苦難が日常となってしまっていることの表れなのかもしれません。
あばずれ女王の舟唄
アンバーリーについてお話したところで、拾った書籍「あばずれ女王の舟唄」を見ていきます。
まずタイトルですが、日本語では舟唄となっていますが英語原文では”Shanties”となっています。これは結構重要で、日本語の舟唄は文脈にもよりますが”Barcarolle”というイタリア由来の音楽を指すことが多いんですね。ですがここでは”Shanties”労働者の歌で、船歌という意味では特にたくさんの船員で運用する船などで歌われていたものを指します。
この書籍は小品が三作掲載されています。まず最初の歌を見ていきます。
「そして我らはみんな漕ぐ」この言葉がリフレインされるものです。英語原文では”And we all row!”となっており、この場合文頭の”And”は動作の連続、今までもしていた動作を繰り返すこと、を強調するニュアンスだと思われます。つまりこの詩の表現として、船に乗ってずっとオールを漕いでいる船員たちという様子が思い描けるものになっているのかと思います。
よって「さあ、みんな漕げ!」という掛け声のようなものではないでしょうか。
“With the spray upon our necks,”
「しぶきを首に浴び」
”And we all row! With the spray upon our backs”
「そして我らはみんな漕ぐ、しぶきを背に浴びて」
“And we all row! With the sea beneath our feet,”
「そして我らはみんな漕ぐ、海を足元に」
“And the Bitch Queen stays the storm.”
「あばずれ女王が嵐を引き留める」と作中の翻訳では書かれています。
「引き留める」という部分は”stays”に対応していると思われますが、止める、制止するのようなニュアンスですね。より詩的表現を強調して意訳するなら「鎮める」もあり得ると思います。
「ビッチ・クイーンが嵐を鎮めてくださる」というようなことかもしれません。
この最後の一節が特徴的で、先にもお話しました通りアンバーリーはむしろ嵐を引き起こす元凶のようにも思えますが、この歌では止めてくれると言っています。
自分たちがアンバーリーの恩寵を得られるという確信で船員たちを鼓舞するような意味があるか、あるいはアンバーリーの信徒たちによって書かれたのかもしれません。
アンバーリーの信徒と一口に言っても様々で、単に日常の中でアンバーリーを畏怖して捧げ物をしたり祈ったりする船乗りのほか、神殿に仕える「波の従僕」と呼ばれる神官たちがいます。
他二作にも見られるアンバーリーに対する強すぎるとも思える信仰心は、これらの詩がアンバーリーの神殿で書かれたのではないかとも思わせます。しかし”Shanties”というタイトルからも分かる通り労働者たちの歌ですから、もっと現場に寄り添ったもの。つまり船乗りたちの間で生まれた歌ではないかと個人的には考えています。
海の上といういわばアンバーリーの手のひらの上にいる状況で、声高に歌うものでしょうから、ある程度過度に持ち上げるような詩になっていても不思議ではないのかなとも思います。
この詩が歌われていた様子に関しても、少し妄想を膨らませたいと思います。
まず、おそらくこの歌4/4拍子だと思われます。詩全体が4/4拍子でかなり気持ちよく収まるんですね。ですがそれは、お前の歌い方だろうと言われたらその通りなので妄想とします。
ただ、シャンティというのは必要があって歌われていたという側面もあるんです。
船上の単純作業などの疲労を歌で紛らわしたり、連帯感の強調や士気を保つなどいろんな役割があったそうです。中でも典型的な例が、集団で作業をする場合に息を合わせるというもので、複数人でオールを漕ぐ場合も、リズムを合わせるために歌を歌うということがあったそうです。
この歌は明らかにオールを漕いでいる場面ですね。そのような場合、2拍子や4拍子がよく好まれたそうです。日本でも「イッチニー」という掛け声がよくありますよね。
そういう背景を考えると、この歌は4拍子で揃えられているように見えますし、リフレインも多く覚えやすい、さらに時折韻を踏んで覚えやすさを強調しているようにも見える。など実用性が高そうな歌に思えるんですね。これらの特徴から、4拍子で船乗りたちがみんなで歌える歌になっていたのではないかと考えています。
英語原文を見ながら口ずさんでみると体感しやすいと思います。
2作目を見ていきましょう。
“Wavemother, wavemother,” “Lash us to the prow.”
初めの一文ですが、作中では「波の母、波の母」となっています。「波の母よ」などの呼び掛けと思われます。次は「我らを船首に駆り立てよ」ですね。
“Wavemother, wavemother,” “We ask to sail your skirt if you allow.”
「足元を通らせてください、できることなら」ここですが、「足元」の部分が原文では”skirt”となっており、これは単に衣類のスカートを指す他、裾という意味もあります。ですが”skirt”を使う場合の裾は、山や地形の境界部分「山の裾野」などのニュアンスが強いそうです。
ここでは、船乗りたちがアンバーリーを畏れて海の本当に端でいいので通らせてくれませんか。というニュアンスかと思うので「裾」が選択されて足元と意訳されたのではないでしょうか。
ただ本来のニュアンスはもしかすると、ダブルミーニングかもしれません。これは詩歌ですから、大いに有り得ると思う可能性が、波の動きをスカートに喩えたのではないだろうか。というところです。アンバーリーを畏れ海という領域の端でいいから通らせてくれ。という意味の「裾」と、うねる波の動き、そしてアンバーリーの女性性を加味して衣類としてのスカートの比喩が重ねられているかもしれません。
“Wavemother, wavemother,” “Sink us if you will.”
「我々を沈めても構わない」沈めたければ沈めてくれというようなニュアンスですね。
“Wavemother, wavemother,” “Our skulls are yours with brine and sand to fill.”
「頭蓋骨はあなたのもの。塩水と砂で満たすがいい」
この歌は先ほどの一作目と比較して、全体を通してアンバーリーになら何をされてもいいというような印象を受けますね。沈められてもいいだとか、頭蓋骨を砂で満たすというのはつまり肉はもう腐ったり、海洋生物に食べられているということですよね。
これだけ見ると結構狂信的とも言えますし、逆にいうとそれくらい海の上での船乗りたちは、自分たちを無力に思うという感情が顕れているのかもしれません。
そこで一つ可能性としてあるのが”Lash”が「駆り立てる」ではなく「縛り付ける」という訳かもしれないというところですね。もう海に出たらアンバーリーの意のままだというような意図の”Lash”なのかもしれません。これはあくまで可能性です。
“Souls aweigh and anchors still!”
「魂を引き揚げ、錨を動かすな!」
“The wind won’t move without the Bitch Queen’s will!”
「風は動かない。あばずれ女王の命がなければ!」
“We’ll wait gladly, years and days”
「我らは喜んで待とう、何年でも、何日でも」
“Till the Bitch Queen brings the waves!”
「あばずれ女王が波をもたらすまで!」
“Hey! Ho!”
「ヘイ!ホ!」
“She told us so!”
「彼女の命だ!」
“Hey! Ho!”
「ヘイ!ホ!」
“She told us so!”
「彼女の命だ!」
大雑把に要約すると、アンバーリーの意思が動かなければ、航海はできないという内容ですね。
「魂を引き揚げ」とありますが”aweigh”というのは、錨を揚げるという様子を特に指す単語で、それを敢えて魂という主語に用いているのが興味深い比喩です。
錨は止まったままで揚がっていませんから、航海は始まっていません。一方、魂のほうは錨を揚げた状態です。これは肉体から離れやすい状態であるとか、動かしやすい状態になっていることを意味するかと思われます。アンバーリーに捧げるという意味かもしれませんし、単にいつでも海に出られるよう心の準備はしておけという意味かもしれません。
ただ後半で”Hey!Ho!”と労働の掛け声が挙がっている様子を鑑みるに、何かしら船出の準備は進められているのではないでしょうか。そう考えると、やはりいつでも出られるよう心の準備はしておけという意味かもしれませんね。
でもアンバーリーの命があるまで海には出られないから、いい風が吹いて、潮の流れが良くなるまで錨は動かせない、動かさないという解釈をしています。
今回はここまでにします。
お読みいただきありがとうございました。
※同じくこの付近で手に入る「いい香りの手紙」はティーフリングについて触れてから取り上げることにします。(原語名:Perfumed Letter)